宮本輝『胸の香り』

今回は宮本輝『胸の香り』を読みました。

本作は表題作を含めた全7篇の短編集です。

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私は宮本輝さんがこの上なく好きなのですが、よく考えたらブログでは一冊も紹介していませんでした。

これは失態…汗

ですので、今回宮本輝さんの作品をブログに書けることを嬉しく思います。

 

また、ファンでありながら実は本作の存在を私は全く知りませんでした。

というのも、大学の先輩がこの作品を私に教えてくれたからです。

読了後にこの作品を読むことができて本当によかったと思うほど味わい深い作品で、巡り合わせてくれた先輩に感謝です。

 

こういう風に、私の知らない面白い本を誰かが読んでいて、まだまだ面白い本がこの世には沢山あるということを実感するので、読書というものはやめられませんね。

 

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前置きが長くなりました。

本作の短編集は1997年7月に文藝春秋から刊行されています。

どのような短編集かと聞かれれば、人生に潜む影を描いたような作品です。

つまり、ハッピーエンドというような明るい作品ではなく、生きているうえで避けることができなような苦しみや悲しみが凝縮され、それが描かれている作品だということです。

 

当然ですが、人生というものはいつでも楽しいわけではありませんよね。

大切な人とケンカをしたり、親しい人がいきなり亡くなったりと嫌なことも多々あります。

そんな時、ふとしたなんともいえない暗い気持ちになると思います。

このような気持ちがこの短編集には描かれているのです。

 

例えば作品内では、不倫関係に疲れた恋人たちや異国の地で身籠った女性、道ゆく人に乞食をする親子など、見ているだけでしんどくなる人物が登場します。

現実にいたら思わず目を背けたくなるほどです。

 

なぜ宮本さんはこのような登場人物たちを描いたのでしょうか。

私は、宮本さんが誰かの暗い気持ちを描きたくてこの物語を書いたのではないかと思います。

登場人物たちはそれぞれ暗い気持ちを抱いています。その形はさまざまですが、それはどこかの誰かが抱えている苦しみや悲しみなのではないでしょうか。

私ではない誰かの暗い気持ちです。

そして、そんな暗い気持ちを読書という行為を通して感じ取ることで、私たちははじめて自分ではない他者というものを理解できるのではないでしょうか。

そう、他者理解です。

だからこそ、宮本さんはこのような物語を綴ったと私は思うのです。

 

また宮本さんの描写は思わずうなってしまうほど巧みな文です。

例えば次のような文があります。

私は母と娘が溶けかけたアスファルト道で何をしているかに気づいた瞬間、茫然となりながらも、自分のひからびた体から泉が湧くような気がした。

(「道に舞う」『胸の香り』文藝春秋、1999年7月)

この場面は作品の一つである「道に舞う」の引用ですが、主人公の「私」が乞食の「母」とその「娘」を見た場面の描写です。

「私」の衝撃が生々しく伝わってきますよね。

鳥肌が立ちました。

そのくらい宮本さんの文章は巧みです。

 

『胸の香り』はこのような話です。

よても味わい深い短編集なので、

宮本輝ファンはもちろん、そうではない方も是非一読あれ!

 

最後まで読んでいただきありがとうございました!